読みたいことを、書けばいい。

タイトルを見て、すぐさま「これは買わなきゃ!」と手に取った1冊でした。

本書はつぎのような問いや悩みを抱えている人におすすめです。

  • なぜ文章を書くのか。
  • なにを文章に書くのか。
  • どうやって文章は書けばいいのか。
  • どんな文章を書けばいいのか。
  • そもそも文章って何なのか。

特に書くことが好きな人にとって、改めて気づかされることも多い内容ではないでしょうか。

私もブログ記事を書いているひとりとして、とても学ばせていただいた1冊でした。

文章は自己満足、他者評価であるべき

書いた文章を読んで喜ぶのは、まず自分自身であるというのがこの本の趣旨だ。満足かどうか、楽しいかどうかは自分が決めればいい。しかし、評価は他人が決める。他人がどう思うかは、あなたが決められることではない。

本文より

このブログの記事更新なんて、まさしくそう。

書いた文章を一番最初に読むのが「私」なんです。

だから「私」である自分が満足できる文章か、書いていて楽しいかがまず大事。

そのいずれかが満たされないと、そもそも文章を完成させることは難しいです。

例外的に稼ぐことなどを目的に、書きたくない文章をムリヤリつづることもあります。

ですがそれについても満足できるレベルにまで至らないと、いつまでたっても書くことに終わりが見えませんよね。

やはり文章を書き終えるには、ある程度の自己評価は必要なんです。

そしてそのあとに、自分以外の読者の評価がついてきます。

ここで注意すべきなのがその読者の評価は、読者自身に完全にゆだねてしまうものだということ。

自己評価とは切り離して考えるべきだということなんです。

その文章について読者がどのような評価をくだすのか。

それは自分自身にはどうすることもできない話です。

日記などとちがって自分以外の目に触れる文章は、ここが理解できていないとドツボにハマっちゃうんですよね。

つまり読者の評価を気にして、文章を書くのではなく「文章を作る」ようになってしまうんです。

そうやって「おもしろい」「つまらない」「美しい」など、読者の評価を気にしながら文章を書くとどうなるのか。

簡単に想像つきますよね。

ぜ~んぜんっ楽しくなくなって、書くことがイヤになってしまう!

コレ、文章を書く人なら誰しもが経験したことあるんじゃないでしょうか。

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にくきゅう

もの書きあるあるやんなー。

ということで私にできることは、最大の努力で最善の文章を書くこと。

うまく書けていなくてもいいんです。

自分が書いていて楽しく、そして満足のいく文章をつづることのみです。

そうやって私は、今後もブログ記事を更新していきます。

発信力のなんという奥深さ

つまらない人間とはなにか。それは自分の内面を語る人である。

本文より

痛いっ!

あまりにもドンピシャすぎて痛い!

もう痛烈すぎて笑い出てくるレベルです。

というのは私のツイッター。

ツイートのどれもがいいね伸びず、リツイートも少なく、そこそこフォロワーさんは増えてはいるのに、拡散力がぜんぜん身についた気がしないのはなぜか。

グチや不満など、個人的なネガティブ感情を吐き出すだけ吐き出して。

それを「お~よしよし。そんなに傷ついてかわいそうな人でちゅねぇ~」と、なぐさめてもらおうとすらしている。

いい年して幼稚で、実にくだらない人間だからでしょう。

フォロワーさんはそんなもの求めてはいません。

たまにそういった人間臭さを気に入ってくださる奇特なかたもいらっしゃいますが、それは相当な人格者です。

やはり共有しやすいのは、一般的なできごとやものごとそのもの。

そしてそれを裏付けるためのイメージや心境を、うまく言語化できる人が応援してもらいやすいのではないでしょうか。

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にくきゅう

つまりこの読書感想文のような書評が、いちばん応援してもらいづらい記事ってことやな。

感想である以上、自分の思いや考えだけをウンウンうなりながらしぼり出してますからね(笑)

やはり語るべきは日常生活の中でごくありふれているもの。

そしてある一定の読者層になら、誰しもにあてはまる感情の動きをとらえたものが、数多くの共感を得られやすいのはまちがいありません。

そこにスポットを当てて、事実としての自分の知識や体験を文章として展示する。

その並べられた事実を読んで、どう感じて何を考えるかは読者です。

だから読者が主人公になれる。

自分に置きかえて共感したり、同じ境遇だから応援したりしやすくなるんですよね。

もっと言えば、決して作者の感情の押し売りになってないんです。

私のツイッターの場合なら、いかに感情のコントロールと正しい方向転換ができるようになるか。

その課題をクリアできなければ 、本書を読んだ人なら分かりますがおそらくアレを売るしかなくなるでしょう(笑)

プロセスこそ人を動かす文章の原動力

順を追って考え、順を追って書き記していくことが自分自身の理解への道のりそのものであり、結果として人の気持ちを動かす文章となる。その「思考の過程に相手が共感してくれるかどうか」が、長い文章を書く意味である。

本文より

多くの共感がほしいからといって一般的なできごとやものごとを、ただつらつらと書きゃいいってもんじゃありません。

それを裏付ける気持ちの動きが、読者にハマるかどうかが大切です。

そしてその気持ちの動きというのが、その結論にたどりつくまでの過程にあたります。

ただ過程とひとことで言っても、人の考えってたくさんの材料やルートがあって、一足飛びに結論が出ているわけじゃないですよね。

そこで作者として、いちばん伝えたいことを削り出す作業が必要になってくるのです。

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にくきゅう

最近使いづらくなった用語で「断舎離」ってヤツやろ。

はい。

業界では「編集」と呼ばれる作業です。

さきほど「 うまく言語化できる人が応援してもらいやすい 」とも書きましたが、 特にツイッターの場合はそれがひときわ目立ちます。

なんせ140字以内の文字数制限がありますから。

その点でいうとブログ記事は、文章量に最低限のボリュームが必要ですので、読者に理解してもらえるよう解説しやすい。

人の気持ちを動かしやすいカテゴリに分類されるんですね。

だからこそダラダラ文章にならないよう、結論から始めるとか、誰にどういうメリットがあるかを入れるとか、いろんなことに注意しながら書くわけです。

いかにブログ記事というメリットを生かしながら、よけいなものを省いていく「編集」作業を得意とするか。

私もそういうブロガーになりたいですし、そのためにはとにかく文章を「書く」ことと「読む」経験が必要。

そう痛感している今日このごろです。

私が文章を書く理由

たくさんの人に読んでもらえ、Web上やSNSでバズり、内容が効率よく人に届き、とてもおもしろく、わかりやすい文章を簡単に書く方法。

本文より

この本のいちばん最後に、引用にあるような「もっと文章を簡単に上手に書く方法」について述べられています。

これがたいへん興味深い考察になっているんです。

私が文章を書くのは、つぎのふたつが主な理由です。

ひとつめ、自分が楽しくて満足したい。

ふたつめ、読者からよい評価をいただきたい。

ですが。

この考察は、私のみっつめの理由になるかもしれません。

だからこそ文章を書き続ける、と。

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にくきゅう

最後まで読んでもろてホンマおおきにやで!

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